2014年11月8日土曜日
「迷路」
迷路を描くのが好きな子どもだった。
描き出す迷路の形状は多岐に及び、曲線を駆使したもの、大きくスペースを空けたもの、
直線のみで構成したもの、などバラエティに富んだ迷路を生み出した。
鉛筆で手を真っ黒にしながら描きだしたそれは、
客観的に俯瞰してみると、なんともいびつな、執念がこもった一品で、
実に不気味なものだった。(そしてそれが好きだった)
記憶に残っている迷路がある。
私が描いた迷路の中でベストオブベストである。
それは、2人の従妹と合作したものだった。
2人は兄妹で、私より年上だった。
字もきれいだし、線もしっかりしている。
私が描きだした線の連続は、2人の描く線と繋がり、
今までに見たことのないストーリー性を持って一枚の画用紙に広がっていった。
落とし穴や、回り道があった。
うねうねと続く道を描く、大人な技もあった。
とても刺激的だった。
あの日出来上がった迷路を、しばらくは大切にしていたのに
今となってはどこにいったものか。
おかげで、私は一生、あれを超えるエキサイティングな迷路を
描ける気がしないのだ。
「鳥が水たまりで水浴び」
人は、人のことを見ているようで、見ていない。
今日、アパートの駐輪場に自転車を停めようとした時、
「パシャパシャ」と水音が聞こえた。
ふと目をやると、駐車場にできた大きな水たまりで小鳥たちが10羽ほど水あびをしているのだった。
想像だにしなかった光景に、ポカンと口を開け、しばらくその様子を眺めていた。
そっと近づいたつもりだったが、小鳥たちは私の気配に気が付くと、すぐに飛び立っていってしまった。
「右こゆび、第一関節のきず」
幼い頃の記憶は、ほとんどが曖昧だ。
今までに見てきた膨大な夢や、過去のあらゆる出来事で生まれた強烈な感情の爆発、
はたまた、映画や本の中で出会ってきた感傷などによって、いともたやすくその記憶は改ざんされていく。
私の右こゆびにある、そのきずは、私の記憶では二つの不運によって、一生傷(イッショウキズ)となった。
一つ目は、補助付き自転車(または三輪車だったか)に乗ったままの状態で横に転んだ時についたものだ。
小指をコンクリートの地面にしたたか擦り付けるような形で地面に倒れた私は、痛さというより
「転んだ」という衝撃と「悲しい」という感情の捌け口を探すかのように延々と泣き続けた。
母親は4つ下の弟を妊娠中で、絶対安静の状態だった。
いつもは働きに出ている母親が家にいるのが嬉しくてはしゃいでいたのかもしれない。
茨城の田舎から祖母も来てくれていたのではなかったか。
養護教諭をしていた母は動じることもなく、手早く止血し手当を終えた。
記憶にあるのは、大きなお腹とその頃住んでいた長屋のようなアパート。
さて、二つ目の不注意は、治りかけのそのきずに、ハムエッグを押し付け火傷したことである。
持ち上げた熱々のハムエッグに、右こゆびの第一関節が触れた。
びっくりして、私はまた泣いた。
今考えると、ほとほと「?」な謎の状況だが、私の記憶ではそうなっているのだ。
結果、今年30になる私の右こゆび、第一関節は、肉が盛り上がったような不思議な形をしている。
曖昧な記憶の中にある、不確かな原因によって、私の小指は確実にちょっと変な見た目なのである。
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